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3月のスタートです
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2012.03.02 Friday 14:06
さて、3月に入りました。
みなさんは3月というと、なにを思い浮かべますか?
卒業式のシーズン?
来月からの新しい環境にドキドキ?
色々とあると思うのですが、今年に限っては「震災から1年」でしょうか?
被災地に住んでいますと、どうしても忘れられません。
人によっては、まだ1年か、と思うかもしれませんが、個人的にはもう1年経ったのか、という驚きの方が大きいです。
去年の震災からあっという間に時が過ぎた感覚です。
近所では、いまだに家の取り壊しや、地震の爪あとが残っています。
ロウソクで過ごした夜
早朝の水汲み
いつ復旧するのか分からない電機
人生であれほど歩いた事はないという日々
つらい事ではありましたが、何かしなくては、と行動していた時が懐かしく感じます。
嫌なことは早く忘れるという特性を持っていますが、震災の経験は今後の人生において、必ず何かの役に立つと信じています。
そして、3月ではなく2月も忘れられなくなりそうです。
そう・・・アバラを折った2月として・・・ -
久々の更新です。
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2012.02.21 Tuesday 14:42
ご無沙汰しておりました。
私事ではありますが、去る2月3日、アバラ骨にヒビが入ってしまい、休んでおりました。
とはいっても、教室が忙しいとの事で、2月7日からは出ていたのですが・・・。
じっくり休めたのが実質3日ほどですので、治りも遅いのかな・・・と思っております。
今現在は左手を肩から上に上げると痛いという状態ですが、何とか生活できております。
原因は・・・3日夜、仕事が終わり、片付けをしつつ、外の車のエンジンをかけて暖めておこうと駐車場に出た際に、凍結した地面の上で思い切り転んだ事でした。
最初はなぜに地面が左にあるのか・・・?
そして次の瞬間、息ができない事に気づきます。
あ、転んだんだ、あれ、息がヤバイ・・・
数分その場で落ち着くのを待って、なんとなく動けるな、と思い、車を運転して帰宅しました。
その時は気が張っていたのか、痛いと思いながら運転したのですが、帰宅すると尋常じゃない痛みに変わってきましたので、もしかして骨かも・・・と思い始めていました。
激痛で横になれないので椅子の上で一夜を明かし、次の日の朝、病院に行きレントゲンを取りました。
やはりアバラをやってしまっており、しばらく安静にするように、との事でした。
やはり思うことは、健康が一番だなぁ・・・という事でした。 -
今日で11月も終わりですね
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2011.11.30 Wednesday 13:57明日からはいよいよ12月、今年最後の月です。
教室は28日の午前中まで営業する予定です。
最近は外向けの掲示を色々と考えていて・・・。
・教室の角のスペースを、生徒さまブースを移動して確保。
・イーゼルを準備。
・パソコンでデモンストレーション。
・照明を準備。
などしております。
この照明というのがクセものでして、震災以来このあたりは夜になると真っ暗なんです。
道路の街頭も点いている場所とそうでない場所で半分ぐらいの割合で消えているようです。
なので、教室の前を通る方に気づいてもらえるよう・・・なんとかしようと思っています。
はたして、気づいてもらえるかなぁ・・・。 -
生徒さまからシリーズ
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2011.11.01 Tuesday 15:00

本日2回目の投稿です。
生徒さまから自作の花輪をいただきました。
写真のイーゼルの一番上にかかっています。
枝と花(造花だそうです)を使って、「飾ったらいいんじゃない?」と、持ってきてくれました。
時々山に入って、素材を自分で取ってくるそうです。
以前ご紹介したどんぐりのお人形も、この生徒さまの作品です。
(http://hello-blog.jugem.jp/?month=200912) -
ハロー!ぱそk・・・ではなくて、ウィーン!
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2011.11.01 Tuesday 14:37

先日打ち合わせした生徒さまから、お土産をいただきました。
全然気がついていなかったのですが、世間ではハロウィーンイベントだったようです。
お土産はケーキだったのですが、その中のカップケーキの入れ物・・・
なんと陶器で作られていて、非常に凝っていたのです。
食べ終わってからとても捨てることができずに、どうしようかと思っていたのですが・・・。
コーヒーの砂糖・クリーム入れに使わせていただくことにしました。
あとは余震で落ちて割れないように注意、注意・・・
(先週の宮城県沖震源の震度3の地震、もう来ないとないいなぁ・・・) -
免許を更新してきました。
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2011.10.14 Friday 19:17最近のブログでは震災関連の話題だけでしたので、ここらでひとつ近況などを・・・。
先日、宮城県運転免許センターにて自動車の運転免許の更新を行なってきました。
前回の更新では更新期間を忘れて、せっかくのゴールド免許からゴールドが消えてしまい、だいぶ凹んだのですが、今回はちゃんと更新可能の期間内です。
しかも無事故無違反ですので、今回でまたゴールドに戻るのです!
ということで朝にセンターに向かったのですが、8時30分からの受付というようにハガキに書いてありましたので、8時45分くらいに到着です・・・が・・・。
あまりに人が多いんです。
受付開始から15分でこんなに人が・・・?
と思いつつも受付の所に向かうと、こんな告知が。
「受付は8時から行なっております」
・・・いきなり騙されました。
早く行けば早く終わるものと思い、早くに家を出たのに・・・。
気を取り直して申請用紙を貰い、必要事項を記入していきます。
すると、見慣れない項目が・・・。
「暗証番号の記入をお願いします」
暗証番号??
どうやら今回の免許からICカード方式となり、免許証の表に本籍などの記載が無くなったそうです。
確認するには暗証番号が必要となる、との事です。
4桁−4桁の、計8桁の暗証番号を記入し、提出しました。
すると、放送で写真撮影の呼びかけがあるまで待機していて下さい、との事。
入り口近くの椅子が空いていたので、そこでしばし待つことに。
すると、10分間隔毎に館内放送で写真撮影の呼び出しが聞こえて・・・くるのですが・・・
音量が小さすぎて、館内のざわめきと区別がつきません。
いつ呼び出しがあるのか分からない状況で、呼んだかどうかも分からない音量・・・
うーむ・・・音大きくしたら駄目なんだろうか・・・。
写真撮影も終わり、いよいよ最後の講習となります。
指定された部屋に入り、貰った資料を見ながら空いている席に座って待ちます。
程なく講習が始まった・・・のですが。
速いんです、講習のスピードが。
なつかしのOHPで資料を写しながら、手元の資料を開くように指示がありますので、該当のページを探していると・・・もう次の説明に入っています。
最終的にはついていけなくなったので、自分で大切だと思うページをひたすら見ていました。
しかも、その講習を担当してくださった50代ほどに見える男性ですが、早口な上に声が小さいのです・・・。
提示している資料で、だいたい今どこあたりを説明している、というのは何となく分かるのですが、自分も人に物を教える立場ですので、いくらなんでもこれは酷い、と思える程でした。
これでは講習を受ける、というか、流して終わり、という感じです。
渡された資料に書いてある事をそのまま早口で喋っておしまい。
わざわざ遠出して講習を受けるという必要があるのでしょうかね・・・?
別の担当の方だったら分かりませんが、自分の場合はそうでした。
楽な事は楽なのですが、逆にこれでいいのかなぁ・・・などと思っておりました。
そして講習時間の30分が経過すると、担当の方が最後に何か言っています。
よく聞き取れなかったのですが、5分待機がどうの、この後うんぬん・・・?。
周りの人達もどうしたらいいのか、待ってればいいのか部屋を出たらいいのか、キョロキョロしています。
すると、女性の担当の方に代わり、この方がよく通る高い声で、これから免許を配る旨を説明し、名前が呼ばれるまで待機していて良い、という事が分かりました。
新しいゴールドの免許を手に最後、ふと思いました。
・・・手続きは必要だけど・・・講習って・・・いる? -
震災の出来事 その8
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2011.10.07 Friday 19:31結局、その地震での停電は、次の日の夜に終わりました。
が、当時はいつまで停電が続くのか分からず、3月11日の震災の時を思い出し、また日数がかかるのではないかと考えていました。
なので、次の日の教室業務の後、ロウソクを買いにお店を回りました。
・・・ですが、皆考える事は同じなのか、どこも在庫切れです。
富谷のあるお店で、棚の奥の方に隠れるように残っていた細いロウソクを買えましたが、正直これで何日も過ごすのは不安でした。
幸いにして、その日の夜に電気がきましたので、事なきを得ましたが・・・。
その後も小さい余震が続くのですが、驚くことに、これが今現在まで続いています。
夜、眠っている時に揺れる、トイレに入っているときに揺れるなど、自然の力ですので、時と場合を選んでくれません。
さらに、いつ強い地震に変わるのかも分かりません。
最近ですと、なんと熊本で震度5強の地震があったようです。
北関東や東北だけではないのです。
段々と勢力が弱まっていると信じている時に、ポンと震度5クラスの地震が起こりえる状況なのです。
今、保存食や、手回し充電式の懐中電灯など、自宅には少しですが備えがあります。
起こらなければ笑い話で終わるのですが、またあのような苦労はしたくはないですので、備えられるものは備えています。
なんにせよ、復興の早期実現の為にも、日本には落ち着いてもらいたいものです。
自然も、政治も。 -
震災の出来事 その7
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2011.09.30 Friday 16:224月7日午後11時過ぎ。
その日までには既に震災で止まったライフラインも復活し、自宅の中だけに限って普段の生活に戻りつつありました。
お風呂に入り、テレビの前に陣取り、そろそろ寝るか、または録画した番組でも見ようかと考えていました。
すると・・・まず、たて揺れだったと思います。
跳ねるような感覚があり、それまでも軽い余震は続いていましたので、またすぐに収まるだろうと考えたのですが・・・。
だんだんと地鳴りの音が大きくなり、たてなのか横なのか分からない激しい揺れになり、さらに強くなっていきました。
とりあえずは脱出用に窓を開け、テレビを押さえながら揺れに耐えていました。
ふと外に目線を移動すると、空が点滅していました。
雷よりも、もっとハッキリとしたものすごい明るさの光が、空一面に広がって点滅していたのです。
自宅1階からの目線でしたので、隣の家で空しか見えない状況でしたので、てっきり雷だと思いました。
その時はまさに強い揺れに耐えている時でしたので、
「地震と雷が同時に来てる・・・どうなるだコレ・・・?」
と思いつつ、やっと回復した電気でしたので、
「電気切れるな・・・切れるな・・・」
と念じていました。
そして、地震発生から3〜4分後でしょうか、祈りもむなしく、家中の電気が切れました。
「切れるな・・・切れるな・・・・・・・・・あああぁ、またかぁ・・・・・」
また、震災の時の真っ暗闇に逆戻りです。
しかし、不思議な事にガスと水道は普通に出ています。
が、いつ止まるか分かりませんので、とりあえず風呂に水を貯めておきました。
この時はまだ震災の時よりも心に余裕がありましたので、車で近所を見てこようと外に出てみました。
すると、震災の時には大丈夫だった隣の家の塀が崩れており、向かいの家の塀も大きくヒビが入っていました。
道路のアスファルトに入った亀裂も、心なしか大きくなっているようです。
近所の方々の
「せっかく片付けたのに〜・・・」
「また暗闇に逆戻りか〜・・・」
という、やるせない声を覚えています。
とりあえず車に乗り、近所を回ってみると・・・せっかく掃除した後なのに、また瓦が道路に散乱していたり、また、アスファルトの亀裂から水が吹き出ていたり、震災の頃よりも揺れの被害が大きいよに見受けられました。
今回の地震は短く、強い揺れが襲ったということで、震災の時にはギリギリ保っていたものが、今度の地震でとどめをさされたように感じられます。
尚、地震の時の空の光ですが、後日、YouTubeにて原因が分かりました。
自宅近くの変電所のショートした光だったのですね・・・。 -
震災の出来事 その6
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2011.09.06 Tuesday 16:33さて、電気が使えるようになったのは良いのですが、まだ水道とガスが使えません。
震災から一週間、お風呂に入れないので、さすがに気になります。
そこで、電気ポットに汲んできた水をいれ、温めます。
ポットを持ったまま風呂場へ。
風呂場では冷たいままの水も用意します。
洗面器にポットからお湯を半分ほど入れて、冷たい水を足します。
少しずつ髪にかけながら洗います。
体も同様に洗います。
何度も電気ポットからお湯を移さないといけない手間はありましたが、やはり気持ちよく、さっぱりできました。
暖かいコーヒーが飲めるようになったので水の減りが早くなり、水を汲みに行く頻度があがりました。
大変でしたが、暖かいコーヒーという魅力には勝てないのでした。
また、パソコンが使えるという事で、他県に住む知り合いなどにメールで安否を送る事ができました。最初にメールを開くと、友人達からたくさんの安否確認のメールが届いており、音沙汰が無かったので心配していたようです。
そしてさらに一週間が過ぎる頃には水も出るようになってきて、またさらに一週間後にはガスも出るようになりました。
ライフラインが回復し、やっと普通の生活に戻れると喜んだのもつかの間、4月の7日の夜がやって来たのでした・・・。 -
震災の出来事 その5
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2011.08.30 Tuesday 16:57前回の日記からずいぶん間を空けてしましました。
申し訳ありません。
さて、続きを・・・。
忘れもしません3月18日。
この日でろうそくの在庫が無くなってしまうので、夜どうしようか悩んでいました。
残っていたのは、ろうそくが1本のみ、しかも半分です。
消えたら寝るしかないなぁ・・・と、諦めていました。
停電している時というのは、自分の家だけではなく、周り全部が真っ暗です。
明かり無しでは何もできませんでした。
明日になったらもしかして売っているお店があるかも?と、淡い期待もしました。
当然売り切れか、もしくはお店自体開いていないですが・・・。
夜8時頃。
地震であぶないからと、ベランダに出してあったガラス板を少し整理しようとしました。
結構重いなぁ・・・と思いつつ、ふと、ガラス板に自分の影がハッキリと出ている事に気が付きました。
あれ?と思い、後ろを振り返ると、街頭が点いているではありませんか!
おおぉ、一週間ぶりの明かりだ!近所の人たちも騒いでいます。
早速部屋に戻り、電気を点けました。
普段あれほど気にもしなかった蛍光灯の明かりが、この時ほどありがたいと思ったことはありません。
どこへ行くにも明かりがあるのです。
そしてテレビを点けました。
ここでやっと初めて震災の映像をハッキリと見ることができました。
(携帯のワンセグは充電できずに見れなかったので、ラジオだけ聞いていたのです)
襲い来る津波の映像や、常に画面で流れる色々な情報。
お店の情報なども流れていましたので、大変助かります。
それにしても、地元でこんな大変な事がおこっているのだと、震災一週間目にして、映像として初めて知った事がショックでした。
パソコンも使えるようになりましたので、ネットでの情報検索にも役立ってもらいました。
そして3月28日。
その日も色々と歩き回ったのですが、ガソリンスタンドが開店するという情報が入りましたので、朝から並んでいました。
朝7時頃に着くと、既に7〜80台ほど並んでいるようでした。
寒くないように着込んで、小説を2〜3冊持っていき、車の中でひたすら待ち続けます。
トイレは近くの施設を借りました。
午後1時過ぎ、やっとガソリンを手に入れることができました。
(並んでいる様子がグーグルアースで確認できました)
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